風茶房 つのるなか

https://scrapbox.io/kazesabou/「細見綾子・沢木欣一 俳句アーカイブ」よろしくお願いします

一杯のコーヒーの銭さくら草 細見綾子

一杯のコーヒーの銭さくら草 細見綾子

一杯のコーヒーの銭さくら草 細見綾子

昭和35年の俳句です。

この俳句、句集『和語』(風発行所)及び『細見綾子全句集』(角川学芸出版)では、「一の」となっています。当初はそうだったのでしょうが、その後に出版された『自註現代俳句シリーズ 細見綾子集』(社団法人俳人協会)と、綾子の著書『俳句の表情』(求龍堂)では、表題のように「一の」になっていて、本人の意思でそうしたと思われますので表題の表記にしました。

『俳句の表情』で、綾子は以下のように書いています。

 田村町の道具屋へ屏風絵を見に行った。山水画大和絵など数多く陳列されてあって、金泥に描かれた大和絵を特に美しいと思って見た。
 そこを出てコーヒー店に寄った。まだこんな店があったのかと思うような素朴さでダルマストーヴが燃えており、木を削ったままの卓にやや時期には早い桜草の鉢植が置いてあって桜草が淡くて春らしかった。一杯のコーヒー代を桜草の下に置いて出た。音のする硬貨だった。

(田村町は現在の西新橋です。昭和40年に実施された住居表示で変更されました)

この文章を読まなければ、ただ、きれいなだけのさくら草の写真を載せたかもしれません。さくら草とコーヒー代金の結び付きを想像できなかったからです。

素朴な店に地味だけれど春らしい「さくら草」の鉢植え、「銭」という古めかし言葉に対比して「コーヒー」が際立ちます。庶民の生活にコーヒーが馴染み始めた頃でしょうか。
コーヒーの歴史を調べてみると、昭和35年はコーヒー豆の輸入が全面自由化になり、多数の国内メーカーがインスタントコーヒーの製造を開始した年だそうです。(※コーヒー歴史年表 | 全日本コーヒー協会 より)

kazeはコーヒー豆を自家焙煎するくらいのコーヒー好きでしたが、綾子も好きだったようで、コーヒーを詠んだ俳句はいくつかありますし、kazeの焙煎したものを「おいしい」と言って飲んでいたそうです。

さて、kazeが自家焙煎を始めたのはいつだったろうかと、聞いたはずが忘れてしまい、過去のブログなど読みあさっておりました。
その中で、家族三人で初めて自宅でコーヒーを淹れたときの様子をkazeが書いたものが面白かったので転載します。

テレビが白黒で力道山がスターだった頃。
親戚から頂いた進駐軍のコーヒー缶、
銘柄は記憶にない。ハーフガロン缶だったのは覚えている。
親父が英語の辞書を引っぱりだして、わかったのは焼いた珈琲豆で生じゃない…程度。
好奇心イッパイのおふくろが缶切りであけてみた。
黒こげの見たこともない豆がビッチリ。
親子3人でかじってみたけど、おいしくなかった。
どうやって飲むのか。。まったくわからない。
親戚にハガキを出して伺ったら、どうやって飲むのかは知らない、おたくなら知ってるはずと思って差し上げた。。。と。


しばらくたったある日のこと。
テレビで「ローハイド」見てたら、クリント・イーストウッド演じる若い牧童がボコボコのヤカンで珈琲淹れてました。
親子三人、「ニマ~。」


ヤカンに湯を沸かして一握りの豆を入れ、そのままグツグツ。
アメリカンドリップ或いはカントリードリップですね~。
これが最初の珈琲でした。


写真は在来のニホンサクラソウを撮りたくて探しましたが、市場に出回っているのはセイヨウサクラソウプリムラ)ばかりで見つけることが出来ませんでした。それで、セイヨウサクラソウの中では素朴な雰囲気のプリムラ・マラコイデスを撮りました。
掲載のタイミングとしては遅くなりました。